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人の集まりから生まれる

 息子たちの話が多くなって申し訳ありません。こんな記事をもらいました。
 彼らは昨年秋の新人戦の時に大きな屈辱を味わいました。クラブ活動の最上級生となり挑む新人戦に彼の学校は2連覇を果たしていました。
 そして彼らは史上初の3連覇を目指して新人戦へと立ち向かいました。初戦の相手はまずまずの強敵ではありましたが、個人のレベルでは圧倒的に彼らのチームは上回っていたと思います。
 しかし、結果は0-3の敗戦でした。まさかの事態に、監督はじめ選手はなぜ?という気持ちでいっぱいのようでした。
 なぜこんなチームに負けたのか?俺たちの方がどう見ても強いはずだ!
と思っていたに違いありません。
 まさしくそれは彼らの傲りでしかありませんでした。
 その試合を見ていた私は先発した息子に対し、試合終了後少し厳しい口調で話をしました。
 「君たちは野球をなめてる」
 「野球とはもっと緻密で繊細なスポーツであり、一人の力や技術だけで相手を押さえつけることは難しい、だから真剣にあらゆる練習をチームとしてこなし、チームの力にしなければ勝つことはできない」ことを伝えました。
 その後、彼らは厳しいだけではなく、楽しみながら強くなることを、自分たちで見つけようとして行ったのでしょう。 
 どうすれば強くなれるのか?
 誰が何をすればいいのか?
 どんな練習をすれば上手くなれるのか?監督の采配よりも、自分たちで試合の流れを作れるようにするには何をすべきなのか?
 いろいろな質問を自分たちに投げかけ、懸命に自分たちと向き合い、自分たちを磨いていったのだと思います。
 何よりも、自分だけではなく、仲間を大切に考え、高め合う心を持っていたことを私は本当に嬉しく思いました。高め合うことにより、自分自身より上手くなる人もいるかもしれません。
 それでも、いいんです。自分より上手くなる人がいれば、またその人を追い越そうと努力をする。   
 そうすることで人の集まりは強く、大きくなるのです。相手を受け止め、互いに成長することができた彼らに私は早慶の念を覚えました。

一言物申す

 またも大阪市長はいきり立っているようだが、これは本当に良かれと思ってやっているのか?大阪都構想の住民投票に完敗したはずの彼がどんな野望を持っているのかわからんが、政治家として住民投票までもやり、その結果を真摯に受け止めているのか?
 おそらく、住民投票に敗れたのはもうどうでもよくて、自分のしたいこと、目立つことだけをやりたい傲慢な行動に怒り心頭である。こんな奴が大阪に関わって欲しくもない。お前が何ができるのだ?実際に何もできていないではないか。全て中途半端な判断で、中途半端な発言で、中途半端な結果しか出せていないことを自身が気がつかなければならない。
 住民投票の結果から政治から手を引くと言った言葉はどうなったのだ?公人として世間に向かって発したことが数ヶ月でひっくり返るどころか、おそらく嘘を言っておいて周りを欺きながら次の準備をしていたとなれば、それは政治家ではなく心のない醜い暴君としか言いようがない。
 大阪府民も大阪市民もこんな奴に振り回されることなく、真剣に大阪のことを考えてくれる人を探すことを考えなければいけないと心から思う。